<くすりに頼る>

  

■大切なポイント:抑えておいた方が良い大切なポイントを列挙します

1.その薬の作用メカニズムを理解する

薬物療法には薬理作用による好ましい作用だけでなく、副作用や注意すべき作用をもっています。医師から処方された薬を、何も理解せずに闇雲に服用しないでください。

2.自分の糖尿病の病態に適した薬を選びましょう!

あなたの病態に合った薬を選べば、身体に余計な負担をかけずに効率よく、あなたの糖尿病を改善してくれるはずです。そのためにも「自分の糖尿病の病態に対する正しい理解」が求められます。特に2型糖尿病の病態は大変複雑です。分からなければ、分かるまで主治医に尋ねてみましょう!

3.薬の正しい服用法(主に服用するタイミング)を守る

薬は普通「食後」に服用するものが多いですが、中には「食前」に服用したり、「食直前」でなければいけないものもあります。調剤薬局から渡される調剤袋を頼りにするのではなく、その薬の薬理作用をしっかりと理解していることが大切です。

4.薬の副作用についての正しい知識をもつ

どんな薬にも必ず何らかの副作用があるものです。だからといって、いたずらに副作用を恐れてばかりいても、糖尿病は良くなりません。薬の副作用が起こる頻度は決して高くはありません。担当医はその薬の副作用をはるかに上まわる薬理効果を期待して処方しているはずです。その薬の薬理作用(効用)に目を向けてください。そうすれば、稀に起こる副作用は気にならなくなるものです。

<糖尿病の飲み薬>

■糖尿病の飲み薬の分類

すい臓に作用する:インスリン作用を介して血糖値を下げる低血糖が起こりやすい

1.すい臓に働いて、インスリン分泌を増やす薬 

 A. スルホニル尿素薬(sulfonylurea、SU剤)

 B. 速効性インスリン分泌促進薬(グリニド系薬剤)

すい臓に作用しない(膵外性薬剤):インスリン作用を介さずに血糖値を下げる低血糖は稀

2.腸に働いて糖質の吸収を遅らせる薬

 C. α-グルコシダーゼ阻害薬(α-GI)

3.インスリン抵抗性を改善する(インスリンの効きを改善する)

 D. ビグアナイド薬(BG薬)

 E. チアゾリジン誘導体(TZD)

■主な飲み薬の説明

注意事項その記述に関する引用文献は、文章の右上に数字で示し、章の終わりに「参考文献」として簡単な説明を入れました

A. スルホニル尿素薬(通称:SU剤)

○商品名:オイグルコン(ダオニール)、アマリール、グリミクロン、ラスチノン

○特徴

1)すい臓に作用してインスリン分泌を促す。

2)もっとも確実に血糖値を下げる。

3)作用時間が長く、1日平均して血糖値を下げる

4)低血糖が起こりやすい。

5)体重が増加しやすい(食事療法に注意しましょう)

6)すい臓に負担をかける(すい臓にムチを打つ薬)

○解説

 この薬はすい臓のランゲルハンス島β細胞からのインスリン分泌を促進させる薬です。昔から臨床に用いられている薬であり、糖尿病の細小血管障害(し・め・じ)を抑制するエビデンス(科学的証拠)も確立している1)、2)ので、年齢や体重を問わず、第1選択薬としての地位を確立しています。

 他の薬と比較して、血糖低下作用が強く、確実な血糖降下作用を発揮する反面、低血糖の頻度ももっとも高いです。診断されたばかりの患者さんや空腹時の血中CPR(C-ペプチド)値が保たれている患者さんには効果的です。最大の問題点は、患者さんがこの強力な血糖降下作用に身を任せて、自己管理が甘くなる危険性があることで、これによって体重増加や「SU剤二次無効」が出現します。二次無効とは、すい臓のβ細胞がすっかり疲弊してしまって、SU剤が無効となり、インスリン依存状態となることです。従って、自己管理を怠らず、体重を減らし、インスリンの効きにくい体質を改善し、はやくSU剤を卒業(中止)できるように頑張りましょう!SU剤を利用すれば、短期間で薬の要らない状態にもっていくことが可能です。薬は使い手次第ということを忘れずに!!

B.速効性インスリン分泌促進薬(グリニド系薬剤)

○商品名:スターシス、ファスティック、グルファスト

○特徴

1)SU剤と同様にすい臓に働きかけ、インスリン分泌を促進します。

2)SU剤が長時間作用して、1日の血糖値を全体的に下げる(食前血糖値も食後血糖値も下げる)のに

対して、この薬は服用後より速やかに効果を発揮し、短時間(およそ3時間)で消失します

3)血糖降下作用はSU剤よりもはるかに弱く、「食後血糖値」だけを改善します

4)食後にだけインスリン分泌を促進するので、すい臓に余計な負担をかけません。

5)2型糖尿病には「食後のインスリン初期分泌遅延」(食後の血糖上昇に対して、すぐにインスリン分泌が追いつかない、つまりスタートダッシュが遅い)という異常があるのですが、この薬にはこうしたインスリン分泌パターンを改善する効果があるため、別名「インスリン分泌パターン改善薬」とも呼ばれます(順天堂大学・河盛隆造先生)。

○解説

 SU剤に比べると、血糖低下作用ははるかに弱いので、この薬の適応となる患者さんは「食前血糖値が正常で、食後に高血糖が認められる患者さん」ということになります。服薬後速やかにインスリン分泌促進効果が現れるので、服用のタイミングが重要です。つまり、「食前」ではなくって、「食直前」でなければいけません。食前30分に服用すると、食事の前に低血糖が起こることがあります。

この薬はまだ比較的歴史の浅い薬なので、他の薬剤と比べるとややエビデンスは不足しています。

C.α-グルコシダーゼ阻害薬(α-GI)

○商品名:グルコバイ、ベイスン、セイブル

○特徴

1)糖質の消化・吸収を遅らせて、食後の高血糖・高インスリン血症を抑える薬です。

2)従って、食事の直前に服用することで、血糖の上昇を緩やかにします。

3)炭水化物は小腸にあるα−グルコシダーゼという酵素によって単糖類に分解されてから吸収されます。

この薬はこの酵素の働きを邪魔することによって、糖質の吸収を遅らせることで作用を発揮します。

4)従って、吸収されなかった炭水化物の一部が大腸にまで達して、腸内細菌の作用を受けて発酵し、ガスを発生します。この薬を飲むと「お腹が張ったり、おならが出たり、下痢をしたりする」のは、そのせいです。少量から始めて徐々にからだに慣らしていくと良いでしょう。

5)低血糖の際には、ショ糖(砂糖)ではなく、必ず「ブドウ糖」で対処してください

6)単独での血糖改善作用やA1c改善作用は、多剤に比べて小さい。

7)SU剤のような体重増加作用はありません

8)また大血管障害(心筋梗塞、脳卒中など)を抑制するというエビデンス(科学的根拠)を有しています

○解説

α-GIは食後の高血糖・高インスリン血症を改善する薬3)で、血糖改善作用は他の薬に比べ、小さいのですが体重増加作用がなく、特にアカルボース(グルコバイ)には「大血管障害を抑制する」というエビデンスが示されています4)。しかし、この効果に対しては批判的な意見も出されています5)。私も正直、この薬によって、心筋梗塞の発症が64%減少したという論文の結果は、日常診療から私自身が受ける印象とはかけ離れているように感じています。真実が明らかになるのにはもう少し時間がかかるのでしょう。

この薬の特徴は「食直前投与」である点、「放屁(おなら)が多い」ことから服薬コンプライアンスが低下しやすいことです。稀に重大な肝障害も報告されていますので、私は定期的に肝機能をチェックしています。余談ですが、α-GIは炭水化物の消化吸収を遅らせる薬なので、ほとんど炭水化物を含まない食習慣の方に投与してもあまり効果がありません。例えば、刺身、鶏の唐揚げ、サラダ、梅キュウなどの肴をつまみながら、お酒をチビチビ飲んでいて、ご飯を食べないという方、あなたにはこの薬は適していません。

D.ビグアナイド薬(BG薬)

○商品名:メルビン(メデット・グリコラン)、ジベトスB

○特徴

1)肝臓からの糖の放出を抑制したり、筋肉を中心とする末梢組織でのインスリン感受性(インスリンの効きやすさ)を高めることによって、血糖を改善する薬です。

2)体重増加作用がありません。

3)中性脂肪やLDL-Cを下げる働きも報告されています6)

4)肥満患者に対してメトフォルミンを投与することによって、大血管障害の発症や死亡を抑制できたというエビデンス(科学的根拠)7)を有しています。

5)欧米ではSU剤と同等の血糖改善作用があるとされている7)8)

6)副作用としては胃腸障害がときどきみられる程度で、とても使いやすい薬です。

7)稀に乳酸アシドーシスが起こると記載されていますが、正しい使い方をしている限り心配ありません。

8)乳酸アシドーシスを避けるため、腎不全・肝不全・重篤な心肺機能低下を有する患者さん、この他、ミトコンドリアDNA異常症の患者さんには投与禁忌です。

○解説

以上説明した通り、メトフォルミンは大変使いやすく、エビデンスも豊富な薬剤です。ただ、日本では健康保険で使用できる用量が、欧米と比べ1/3以下の750mg/日と制限されている点が残念です。肥満した糖尿病患者が多い欧米では、このメトフォルミンが2型糖尿病の第1選択薬として用いられています。

特筆すべき点は「UKPDSという英国の大規模臨床試験で、SU剤、インスリン療法が大血管障害や死亡を抑制できなかったのに対して、メトフォルミンではこれらを抑制した」というエビデンスです。以上のような理由から、私は肥満した2型糖尿病患者さんにはこの薬を第1選択薬としています。

E.チアゾリジン誘導体(TZD)

○商品名:アクトス(15mg錠、30mg錠)

○特徴

1)末梢組織におけるインスリン抵抗性(身体のインスリンに対する感受性)を改善し、また肝臓からの糖の放出を抑制することによって、血糖値を下げる薬です。

2)中性脂肪を下げ、HDLコレステロールを上昇させる効果もあると言われています。

3)この薬の作用機序の詳細はまだ解明されていませんが、脂肪細胞において、脂肪酸の取り込みを促進するタンパク質の発現に関与することによって、脂肪酸を脂肪組織に集め、肝臓や筋肉に貯まる脂肪を減らすことが期待されます。このため、TZDは脂肪肝を改善する唯一の薬と言われています。

4)血糖改善効果はSU剤と同等以上であると言われています9)

5)大血管障害の二次予防のエビデンス10)があります。

6)副作用として、体液貯留作用と脂肪細胞を分化するため、浮腫・体重増加がしばしばみられ、また、心不全・貧血をきたすこともあるため、心不全のある方には使用できません。浮腫は特に女性で顕著です。

また、世界で最初に発売されたTZDである「ノスカール」が重篤な肝障害を引き起こして販売中止に追い込まれた経緯があることから、定期的な肝機能のチェックも必要です(但し、アクトスは肝障害の発症頻度が低く、安全な薬であることは確認されています)。

○解説

これまでにないユニークな薬理作用と動脈硬化を抑制する作用も併せ持つTZDには大きな期待が寄せられています。アディポネクチンをはじめとするアディポサイトカインなど脂肪細胞にまつわるさまざまな発見と相まって、まさに“時の薬”となっていることは周知の事実です。さらにPROactive試験において、大血管障害に対する二次予防(再発予防)のエビデンスが示されました10)。さまざまな基礎研究から得られた成果と併せ、血糖改善作用以外にも、血管内皮改善作用、糖尿病発症予防効果、NASH(非アルコール性脂肪性肝炎)改善作用などから、メタボリック・シンドロームや動脈効果性疾患への投与なども検討されています。しかしこうした期待感とは裏腹に、TZDのエビデンスはまだ十分とは言えません。臨床疫学的な手法によって、TZDの真価が明らかにされるためにはもう少し時間がかかりそうです。

私はやや過熱気味とも思える、この薬に関する話題が、純粋に医学的な土壌から生まれたものばかりではなく、そこにビッグファーマシーの野望が見え隠れしているような気がしてなりません。

いずれにしても、10年単位で医学の発展を振り返れば、ある時代主流であった学説や治療法がその後、すっかり影を潜めてしまうことがときにあります。このTZDという薬の評価についても、もう少し慎重に見極める必要があるのではないかと私は考えています。

<引用文献>

1) UKPDS35,2000:診断されたばかりの3867人の2型糖尿病患者にSU剤をはじめとする治療が行われ、細小血管障害を12%低下させた。

2)Rosenstock J 他 ,1996:416人の2型糖尿病に対するランダム化比較試験。アマリールを投与し、偽薬と比較し、空腹時血糖値、A1cの改善を認めた。

3)Chisson JL他, 1994:耐糖能異常者18人にアカルボースを投与し、食後血糖値、食後インスリンレベルの低下作用があることを示した。

4)Hanefeld M他, 2004:2180人の2型糖尿病患者にアカルボースを52週投与したランダム化比較試験で、アカルボース投与群が偽薬群に比べて、心筋梗塞の発症が64%低下し、すべての心血管障害の発症が35%低下した。

5)Van de Laar FA他, 2005:12週間以上α−GIを投与した「41のランダム化比較試験」の論文をメタ解析(すでに報告されたいくつかの独立した研究の結果(文献等)を同じ様な登録条件の症例を全体としてまとめて統計的な手法で再解析する方法)した論文。メタ解析することで、検討対象の症例数が増える上、論文の結果のバラツキを是正する効果があります。この結果、α-GI投与によって、血糖コントロールは改善したが、死亡、重大な合併法に関するデータは不足していると結論づけている。

6)DeFronzo RA 他, 1995:2型糖尿病 289人、632人、計921人が参加したランダム化比較試験。メトフォルミン(メルビン)と食事療法の比較、メトフォルミン+グリベンクラミド(オイグルコン)とグリベンクラミド単独治療との比較を行い、メトフォルミン群において、空腹時血糖値・A1c値の低下、総コレステロール値・LDL−コレステロール値の改善を認めた。

7)UKPDS 34、1998:新たに診断されたばかりの肥満2型糖尿病患者 1704人に対するランダム化比較試験。メトフォルミン、インスリンおよび食事療法の効果を比較し、メトフォルミン+SU剤の併用効果を検討した(平均10.7年間)。その結果、メトフォルミン群において、糖尿病関連合併症の32%低下、糖尿病関連死の42%低下、全死亡の36%低下が証明された。

8)Saenz A他、2005 :メトフォルミン単独投与に関する29のランダム化比較試験のメタ解析。この結果、メトフォルミンによって大血管障害・死亡の抑制、体重の減少、脂質・血圧の改善作用が証明された。

9)GLAL study group、2005:食事療法では十分コントロールが得られない567人の2型糖尿病患者を対象としたランダム化比較試験。アクトスまたはグリミクロンを投与された患者を、平均2年間観察した。この結果、104週後A1c 8%未満を維持できたのは、アクトス 47.8%、グリミクロン 37.0%であった。

10)PROactive、2005:大血管障害を有する5238人の2型糖尿病に関するランダム化比較試験。アクトスと偽薬の比較を平均34.5ヶ月間行った。この結果、アクトス群で、死亡・心筋梗塞・脳卒中が16%低下した。

病態に合わせた治療法の選択

この図で示したように、同じ糖尿病という病気であっても、その病態はさまざまです。自分の病態を知り、病態にあった薬物療法・食事管理を行っていくことがとても重要です。

そこで、これから「インスリン抵抗性」「インスリン分泌不全」をどのように評価したら良いのか?というテーマについて説明したいと思います。

しかし、皆さんにそのことを理解していただくために、まずからだの中の「糖の流れ」について説明したいと思います。

ワンポイントレッスン:「インスリンの標的臓器」について

 ホルモンとは「特定の臓器でつくられ、血液によって全身に運ばれ、微量に存在するだけで、特定の『標的器官』に作用し、その働きを調節するもの」と定義されます。このようにホルモンは必ずその標的臓器に作用します。成長ホルモンなら「骨」、女性ホルモンなら「生殖器」などです。それではインスリンの標的臓器は何か?というと、「肝臓」「筋肉」「脂肪組織」なのです。

○糖の流れ

皆さんが食事を召し上がった後、食物は身体の中でどのような変化を遂げ、どのように利用されていくのでしょうか?その調節機構について説明したいと思います。

Key wordは「食物」「ブドウ糖」「インスリン」「標的臓器」「肝臓」「筋肉」「脂肪組織」です。これらの関係を理解してください。

さぁ、皆さんが食事を食べました。その後、どうなるのでしょうか?

1.食物は胃腸で消化分解されます。炭水化物は「ブドウ糖」となり、タンパク質は「アミノ酸」、脂肪は「脂肪酸とグリセリン」になって小腸から吸収されていきます。

2.ブドウ糖が小腸から血液中に吸収されると「血糖値が上昇」します。ここで注意して欲しいことはアミノ酸や脂肪酸はすぐに血糖にはならないということです。これらは炭水化物よりもかなり時間的に遅れ、しかも食べたもののすべてがブドウ糖に変化するわけでもありません。

このように、食べたものすべてが血糖になる炭水化物の代謝とタンパク質・脂肪の代謝との違いを理解することは重要です。これが「カーボ・カウンティング」の考え方の基本です。

3.門脈内の血糖値が上昇すると(消化管から吸収されたブドウ糖はすべて肝臓の手前に在る門脈という血管に集められます)、すい臓がそれを感知して、瞬時にインスリンを分泌します。このインスリンを「追加分泌」と言います。これに対して、24時間ずっと少しずつ分泌されているインスリンのことを「基礎分泌」と呼びます。この「追加分泌」「基礎分泌」については<インスリン療法>の中の「生理的なインスリン分泌」のところで詳しく説明してありますので、分からない方はそちらを読んでみて下さい。

4.インスリンの働きで、血液中を流れるブドウ糖の一部が「肝臓」に取り込まれます。

5.このように、門脈の血糖値は肝臓を通り抜けることによって随分低下しますがまだ高値です。しかし、急速に分泌されたインスリンの働きによって、血液中のブドウ糖は「全身の筋肉」に取り込まれ、貯蔵されるとともに、エネルギーとして消費されます。残りのブドウ糖は「脂肪組織」に取り込まれ貯蔵されます。

6.こうして、食後の高血糖はインスリンの追加分泌によって、血液中から「肝臓」「筋肉」「脂肪組織」へ取り込まれることによって、急速に正常化し、再び基礎分泌の状態に戻ります。

7.日中は3回の食事や間食などによって、定期的に栄養素が供給されます。しかし、夜間は絶食状態に置かれます。この間、全身にブドウ糖を供給しているのが「肝臓」です。肝臓は貯蔵していたグリコーゲンからブドウ糖をつくって放出しています。インスリンは「夜間の肝臓からの糖放出」にブレーキをかけています。早朝の血糖値が寝る前に測った血糖値より高値を示して驚かれる方がおられますが、こんな場合、夜間のインスリンが不足している可能性が考えられます。

8.肝臓からの糖の放出は日中にも行われ、インスリンとグルカゴンによって絶妙に調節されています。

例えば、激しい運動中には筋肉に貯蔵されているグリコーゲンが枯渇してきます。このとき健常者ではインスリンの分泌が減少し、グルカゴンが上昇し、その結果肝臓からの糖を放出が増加して筋肉に糖を供給しますので、血糖値にはあまり変化がみられません。しかし、糖尿病の方がインスリン不足の状態で運動をすると、肝臓からの糖放出は増加しますが、インスリン不足のため筋肉での糖の取り込みは増加せず、かえって運動前よりも高血糖になってしまいます。

9.このように、「肝臓」「筋肉」「脂肪」は糖の貯蔵庫としても、大切な役割を担っています。

運動療法を行わず、ダイエットだけで血糖を管理することもできますが、運動不足のため、すっかり筋肉が落ちてしまった身体はブドウ糖を貯蔵する機能が低いため、血糖値が上昇しやすくなることがご理解いただけると思います。

10.このように私たちの身体は、血糖値を上げるホルモンと下げるホルモンがバランスを取りながら、血糖値を絶妙に調節しているのです。

○あなたの「インスリン抵抗性」を評価する

2型糖尿病の発症には膵ぞうのβ細胞からのインスリン分泌不全と肝臓、筋肉、脂肪細胞でのインスリン抵抗性が関与していることはよく知られています。肥満、運動不足、脂肪の多量摂取などによりインスリン抵抗性が存在すると、肝臓からの糖放出にブレーキがかからなくなり、筋肉での糖取り込みも亢進しないため、すい臓からのインスリン分泌が充分であるにもかかわらず高血糖状態となります。このように「インスリンの効きにくい状態で、血糖を低下させるためにインスリンが過剰に分泌されている状態」をインスリン抵抗性と言います。

インスリン抵抗性を評価する方法について説明します。

以下のような方法が提唱されていますが、完全なものはありません。

1.空腹時血中インスリン値:10μg/ml以上でインスリン抵抗性が疑われます。

2.HOMA指数(HOMA-IR)

 =空腹時血糖値(mg/dl)× 空腹時血中インスリン値(μg/ml)÷405

 (判定)1.6以下:正常

     2.5以上:インスリン抵抗性が疑われます

     4.0以上:強いインスリン抵抗性が疑われます。

 但し、一般的には空腹時血糖値 140mg/dl以下の症例に対して用いられます

3.ブドウ糖負荷試験

 ブドウ糖負荷後のインスリン反応から判定します。

4.人工すい臓を用いたグルコースクランプ法(Hyperinsulinemic euglycemic glucose clump法)

本法はもっとも正確な評価方法とされています。方法は比較的高用量のインスリンを定量で持続的に静脈内投与し、血糖値を一定に保つようにブドウ糖を静脈内に投与します。そうすると肝臓での糖新生が抑制されて、投与されたブドウ糖は大部分筋肉に取り込まれることになります。つまり、ブドウ糖の注入率はインスリン感受性を表すことになります。ただ、この方法は特殊な検査設備を必要とする上、1回の検査に2〜3時間も要し、低血糖など安全性に対する配慮も必要となります。

○あなたの「インスリン分泌能」を評価する

2型糖尿病の病態は「インスリン抵抗性」と「インスリン分泌不全」から成り立っています。「あなたのすい臓からインスリンがしっかり分泌されているかどうか」を評価することは治療方針を決める上で大変重要です。一般的に以下のような方法があります。

1.C-ペプチド(CPR)

CPRとはすい臓のβ細胞におけるインスリン生合成の最後の段階で、酵素によってインスリンとC-ペプチドに切り取られて、それぞれ同じ量血液中に分泌される物質で、肝臓で分解されないので「インスリン分泌能のマーカー」になります。空腹時血中CPRの正常値は 1〜2ng/mlですが、血糖値の影響を強く受けます。通常、1日の尿中排泄量(U-CPR)が判定に用いられます。この正常値は40〜100μg/日ですが、当日の食事内容、血糖値、腎機能などの影響を受けますので、それらを念頭において総合的に判断することが大切です

その他の注意事項

自宅での蓄尿に際しては防腐剤の添加や冷所保存などが必要となるので注意してください。また腎機能障害や尿路感染症では偽低値を示すことも重要です。

(判定)空腹時血中CPR:1型糖尿病 測定感度以下

             2型糖尿病 0.5ng/ml未満 → インスリン依存状態

                   1.0ng/ml以上 → インスリン非依存状態

    食後2時間CPR値 < 1.0ng/ml → インスリン依存状態

     24時間尿中CPR < 20μg/日 →  インスリン依存状態

食後CPR値を測ることでインスリンの分泌が保たれているかどうかを大雑把に判定することができます。この場合、絶対的な基準値というのはありませんが、血糖値との兼ね合いで判断します。例えば、A1c > 12%、随時血糖値>300mg/dlであっても、血中CPR  > 2.0ng/mlであれば、少なくともインスリン非依存状態であることが確認できます。このことは入院が必要かどうか? 直ちにインスリン療法を開始した方が良いかどうか? といったことを決断する上で大変参考になります。

*なぜ直接、血中インスリン濃度を測らないのでしょうか?

経口薬または食事療法だけの方であればインスリン値を測定できます。でもインスリン注射をしている方の場合、自分のすい臓から分泌されたインスリンと外から注射されたインスリンの両方が測定されてしまうため、血中インスリン測定は行われません。

2.グルカゴン負荷試験

グルカゴンという薬を注射して、その前後の血中CPR値を測定する検査です。グルカゴンというのはすい臓から分泌される、もう一つのホルモンで、血糖を上げる働きがあります。しかし、グルカゴンには「すい臓のβ細胞を刺激して、インスリンを出させる作用」があります。そこで、このグルカゴンを注射して負荷前後の値を比較することで、インスリンが出ているかどうかを調べます。

 (判定)グルカゴン負荷後(6分値)

      < 0.5ng/ml → インスリン依存状態

      > 2.0ng/ml → インスリン非依存状態

     ΔCPR (負荷後6分値 − 負荷前値)< 0.6 → インスリン依存状態

3.ブドウ糖負荷試験(Insulinogenic Index)

  = (負荷30分後のインスリン値−負荷前インスリン値)÷(負荷30分後血糖値−負荷前血糖値)

 (判定) 0.4未満 → インスリン分泌障害(初期分泌低下)

この検査はどちらかというと、予備軍〜糖尿病初期の方々に対して行われ、アジア人の糖尿病の特徴的表現型である「インスリンの初期分泌低下」を見いだす目的で行われています。

  

4.HOMA−β

 = [空腹時血中インスリン値(μg/ml)× 360]÷ [空腹時血糖値(mg/dl)− 63]

 基準値:100%

 インスリン分泌能が低下すると、数値も低下してきます。

5.CPR index= 空腹時血中CPR値(ng/ml)÷ 空腹時血糖値(mg/dl) × 100

 (判定)CPR index >1.2 :インスリン非依存状態

     CPR index < 0.8:インスリン依存状態

○病態に合わせた治療法の選択のまとめ

 以上述べてきましたように、糖尿病の病態には「インスリン抵抗性」と「インスリン分泌不全」があります。皆さんは、ご自分の糖尿病の病態をなるべく正確に理解することが求められます。それは必ずしも容易なことではありません。実際のところ、保健医療の中で糖尿病の診療を行うということは患者さん1人当たりの診察時間が大変制限されます。そうした状況の中で、1人ひとりの患者さんの病態を明らかにしていくことはとても困難なことです。それ故、当事者である患者さんの協力が必要です。皆さんは、時間に振り回されている私たちに対して、ときに寛大な態度で、忍耐強く尋ねてください。主治医はきっと皆さんの病態解明に必要な検査を考え、その結果を皆さんに説明してくれるはずです。

インスリン療法>

■インスリン療法に対する誤解に答える

外来では「インスリン療法だけはしたくない」という人によく出会います。でも理由を尋ねてみると、「一度注射を始めたら止められない」とか「インスリンを打つようになったらもうお終いだから・・・(涙)」とか、何も理由を語らずにうつむいてしまう人とか・・・、インスリンに対する世間の誤解は本当に根深いものがあります。そんなとき、私たちが最初に行う行動はいわゆる「説得モード」という方法で、インスリン療法の説明を行います。患者さんの理性に訴えるわけですね。もちろん1回の説明ですぐに受け入れてくださる方もいますが、なかなか理性に訴えるだけでは納得していただけないこともあります。そんなときには以下に示すような「インスリン療法に関するアンケート」に答えてもらいます(天理よろず相談所病院・糖尿病センターで作成されたものです)。一部をお示しします。

 

あなたの「インスリン療法に対する気持ち」についてお尋ねします。

以下の解答の中で、現在のあなたの気持ちに近い解答の番号を○で囲んで下さい

(いくつでも可)

1.他の人に知られるのがイヤ。

2.生活が制限される

3.人前で打つのが恥ずかしい

4.外出先で打つのが恥ずかしい

5.友達づきあいがしにくい

6.インスリンに頼らないと生きていけなくなる

7.インスリン注射が一生止められなくなる。

8.自分が役に立たない人間になってしまったような気がする

9.打たずにコントロールしたい

10.インスリン代が高い

アンケートの目的は、患者さんがインスリン注射を毛嫌いする理由を明らかにして、その不安や疑問に具体的に答えることによって、患者さんのインスリン療法への理解を求めることです。これでうまくインスリン療法に漕ぎ着ける場合もありますが、それでも難しい場合もあります。

この章の目的は、一般の方々が抱いているインスリン療法に対する疑問や不安に対して、医学的見地から答えることです。

○「インスリンを打ち始めると、生活が制限される」に対して

 インスリン注射をしている姿を他人に見られたくない。だからいつも「トイレに隠れて」「車の中で」「自分の部屋で」・・と言う患者さんはたくさんいます。食事をするたびに隠れて注射をしていたら、とても普通の社会生活を送ることなんてできっこない、という不安です。

2型糖尿病では自分のすい臓から出るインスリンがかなり減っていたとしても、まだそこそこ残っているものです。だから1日1回のインスリン注射から始めてみませんか?夜パジャマに着替えてから、寝る前にインスリン注射をする治療法があります。持効型インスリンまたは中間型インスリンを1回注射します。これであなたのからだに不足している「インスリンの基礎分泌を補充」します。うまくいけば食前血糖が130mg/dl以下に低下し、驚くほど血糖コントロールが改善します。失っていた自信を取り戻すことができるかも知れませんよ。とにかく一度試してみませんか?嫌ならいつでも止めることはできるのですから・・・。

○「インスリンを一度始めたら止められない」に対して

○「インスリン注射をしている人は重症である」に対して

○「インスリンを始めたら、もうお終いだ」に対して

どうしてこうした誤解が巷に蔓延しているのかというと、まだインスリン療法が進歩していなかった時代、つまり「インスリン注射がまだ専門医だけの特別な治療法だった時代」「自己注射が許可されていなかった時代」「ペン型注射器がなかった時代」「自己血糖測定が保健医療で認められていなかった時代」そして何よりも「適切なインスリン療法によって合併症が確実に予防できるということが実証されていなかった時代」、多くの医師が「インスリン注射は最後の手段」「もっと頑張って自己管理しないと、インスリン注射になってしまうぞ」などと説明してきたからではないでしょうか?つまり、私たち医師が自分で蒔いた種なのです。そう思うと、私はある種の責任を感じます。過去に私たち医師が犯した過ちを正していくのは当然のことなのだろう」と思います。

こうした不安に対して、私はいつもインスリン療法をやってみなければ分かりません。でも、「あなたのインスリン分泌能の結果からみて多分止められると思いますよ」とか「完全には止められないかも知れませんが1日1回注射に減らすことはできると思います」とか「理想的なコントロールを維持するためには頻回注射が必要ですが、コントロールの目標を少し下げても構わないのであれば、2回注射にすることもできますよ」などと答えています。

要するにインスリンを止められるどうかは「すい臓にインスリン分泌能力がどれほど残っているか!にかかっているのです

すい臓からのインスリン分泌が保たれている → インスリンは止められます!

すい臓からインスリンが分泌されていない → インスリンは止められません!

○「インスリンを始めると、自分が役に立たない人間になってしまう」に対して

「一生インスリンに頼って生きていかなければならないのか」と思うとつらいのですね。糖尿病という病気を抱えて生きていくということは本当に大変なことです。世間の人たちには理解できないことかも知れませんが、私にはそのつらさがよく分かります。

インスリンを使わないで治療を続けることももちろんできます。インスリンを使わない治療にはどんなメリットがあるでしょうか?いくら頑張っても報われない検査結果に対する苛立ち、将来の合併症に対する不安、自分の意志ではどうすることもできない無力感、こうした思いをずっと抱えて生きていかなければならないのではないでしょうか?あなたはそんな人生に耐えていくことができますか?

でも、もしもあなたがインスリンという武器を手にしたとしたら、あなたの人生はどのように変化するでしょうか?「インスリンに頼る」と考えるのはなくて、「人生に対する主導権をもう一度取り戻すためにインスリンを利用する」と考えたらどうでしょうか?

きっと今までとは違った人生が見えてくるはずです。

■インスリン療法の適応

どんな人がインスリン療法の適応になるのでしょうか?

インスリン療法の「絶対的適応」と「相対的適応」に分けて書いてみます。

○絶対的適応

1.1型糖尿病(インスリン依存状態)

自分のすい臓からインスリンがほとんど出ていない病態ではインスリン療法が必須です。

2.糖尿病性昏睡(ケトアシドーシス昏睡、高血糖高浸透圧性昏睡)

主に1型糖尿病にみられ、極度のインスリン不足から発症するケトアシドーシス、著しい高血糖と脱水で2型糖尿病に発症する高血糖高浸透圧性昏睡。これらの病態では速やかにインスリンの投与が必要です。

3.重症の肝障害、腎障害

進行した肝硬変、腎不全では血糖降下剤の代謝(分解排泄)が障害される結果、薬の効き過ぎや副作用が出現しやすく、危険であるため、インスリンが使用されます。

4.重症感染症の併発、中等度以上の外科手術(全身麻酔が必要な手術)

普段は軽症の糖尿病患者さんでも重い感染症を併発したり、手術などのストレスに曝されると、高血糖が出現します。高血糖を放置すると、感染症治療や手術後の経過にも悪影響が出るため、インスリンを使用します。

5.糖尿病合併妊娠

妊娠中は血糖降下薬を使用できません。しかも、安全な妊娠の継続のためには厳格な血糖管理が求められます。このため食事や運動療法で十分な血糖降下が得られない場合には、インスリンが用いられます。

○相対的適応

1.著明な高血糖を認める場合

ヘモグロビンA1c > 12%, 血糖値 > 500mg/dlなど著しい高血糖を呈して初診される患者さんがおられます。こうした場合、急激な体重減少や強い倦怠感、尿中ケトン陽性などの所見がなければ、食事療法と運動療法をしっかり実践することを条件に、飲み薬で治療を開始する場合もあります。

しかし、このような場合、飲み薬にインスリンを併用することによって、速やかに高血糖状態から抜け出して、短期間でインスリン療法を中止することができます。

→ 詳しくは糖毒性の項を参照してください。

2.飲み薬では良好な血糖コントロールが得られない場合

飲み薬を色々工夫して、SU剤を増量しても血糖コントロールに改善がみられない場合、インスリン療法への変更が考慮されます。しかし、こうした患者さんの中で本当の意味での「SU剤二次無効」のケースはかなり少ないというのが、私の印象です。ご近所の先生から二次無効として「インスリン療法の導入」を依頼されて、実際インスリン療法に至ったケースは印象から言えば、2〜3割です。残りの大部分の方は適確な自己管理指導によって、今まで通り飲み薬で改善しているということを強調したいと思います。

  インスリン療法への切り替えを考慮するタイミングは?

時間が限られているため、個人的な印象で書かせていただきます(EBM重視の皆様、すいません  (^_^;)。

私の場合、アマリールなら3mg/日、オイグルコンなら5mg/日を3〜6ヶ月間使用しても、A1c< 8%に改善することができなければ、インスリンの併用を勧めると思います。

もちろん、これはあくまで一般論で、年齢や社会的条件を考慮することは重要ですが、当面の目標を< 7%に設定した患者さんを前提としているとお考え下さい。

■生理的なインスリン分泌

上の図(イーライリリー社提供)は健康な状態での、インスリンの動きについて説明したものです。インスリンには「基礎分泌」と「追加分泌」と言われる2つの分泌パターンがあります。私たちは生きていくために、常に一定のインスリン分泌を必要としています。このような24時間少しずつ出ているインスリンを「基礎分泌」と言います。これに対して食後の急激な血糖値の上昇に対応して、タイミング良く大量に分泌されるインスリンのことを「追加分泌」と言います。

例えば初期の糖尿病では「基礎分泌」は保たれていながら「追加分泌」だけが障害されているため、食前血糖値は正常、食後血糖のみが高値というパターンを示します。しかしその後「基礎分泌」も障害されてくると、食前血糖値も上昇してきます。

基礎分泌を補う飲み薬:SU剤(アマリール、オイグルコン、ダオニール、グリミクロンなど)

追加分泌を補う飲み薬:グリニド系薬剤(グルファスト、ファスティック、スターシス)

基礎分泌を補うインスリン:中間型インスリン(ヒューマカートN、ノボリンNなど)

             持効型インスリン(ランタス)

追加分泌を補うインスリン:速効型インスリン(ヒューマカートR、ノボリンRなど)

             超速効型インスリン(ヒューマログ、ノボラピッドなど)

■糖毒性を解除する

著しい高血糖を呈して来院された2型糖尿病の患者さんに対して、私たちはよく「糖毒性を取り除くためにインスリン注射を始めてみませんか?」という提案をさせていただきます。この「糖毒性」について簡単に説明しておきます。

○肥満や運動不足から「インスリン抵抗性」が生ずる

2型糖尿病では肥満や運動不足の結果、「インスリン抵抗性」が生じてくると説明しました。このインスリン抵抗性というものは「肥満」「運動不足」「遺伝」などの他、「高血糖」それ自体によっても生じることが知られています。

○「インスリン抵抗性」による「高インスリン血症」の持続から「インスリン分泌不全」に至る

肥満や運動不足によって生じた「インスリン抵抗性」によって、まだ糖尿病を発症する数年前の予備軍の時代から、すい臓は毎日たくさんのインスリン分泌を強いられています。この結果しだいにすい臓が疲弊してβ細胞のインスリン分泌能力の低下をきたすようになります。これがいわゆる「インスリン分泌不全」の状態です。

○インスリン分泌不全による高血糖が新たな「インスリン抵抗性」を生み出します。

高血糖から生まれたインスリン抵抗性によって、さらなる高血糖が生まれます。

「糖毒性」とは

「インスリン抵抗性」→「高インスリン血症」→「β細胞の疲弊」→「インスリン分泌不全」→「高血糖」→「インスリン抵抗性」→さらなる「高血糖」という一連の悪循環を言います。

○糖毒性を解除する手段としての「インスリン療法」

「インスリンで高血糖を是正する」→「インスリン抵抗性が改善する」→「肝臓や筋肉での糖の取り込みが改善する」→「インスリンの感受性(効き)が改善する」→「高血糖が改善する」→「インスリンの必要量が減る」→「インスリンが不要となる」

常にこのようにうまくいくとは限りませんが、糖毒性を断ち切るためにインスリン療法は大変有効です。

■新しいインスリン療法の時代の到来

1990年以降、EBM(Evidence Based Medicine:根拠に基づく医療)という言葉が医療界を席巻しています。このEBMの流れの中で、糖尿病治療も大きな変革期を迎えました。その代表的な研究結果であるDCCT、Kumamoto studyについて説明したいと思います。特にDCCTは糖尿病医療の最前線の臨床医に大きな衝撃を与えました。DCCT以降、インスリン療法は大きな変貌を遂げました。経口薬治療が無効な患者に対する最終手段の治療といったイメージから、未来の明るい生活を保障するための積極的な治療手段としての地位を確固たるものとしました。「Before DCCT」と「AfterDCCT」ではインスリン治療をめぐる環境が一変したのです。DCCTの報告に接したあの時代、私たち医療者は本当に興奮していました。

1.DCCT study

(Diabetes Control and Complication Trial)

○研究の概要 

1983年から1993年にかけてアメリカおよびカナダで行われました。対象となった患者さんは1441名の1型糖尿病患者さんで、くじ引きで治療方法を2群に分けました。つまりインスリン注射が1日1〜2回の「従来療法群」と1日4回のインスリン注射またはインスリン持続皮下注入法(CSII)を行う「強化療法群」です。10年間の観察期間を通じて、網膜症、腎症、神経障害の発症や進展予防が可能かどうかを検討しました(N.Engl.J.Med, 329,977〜986, 1993)。

○結果

1)ヘモグロビンA1c 

 従来療法群 8.9%

 強化療法群 7.0〜7.2%

2)強化療法によって、網膜症の発症予防および進展阻止は実現できたか?

 9年間の観察期間で網膜症の発症は大変抑制されました。 

3)合併症発症のリスクを減らしたか?

 網膜症以外の合併症についてもすべて強化療法群で、その発症・進展が阻止されました。

 

4)A1cと合併症進行との関係

 A1cが高くなればなるほど、合併症が発症・進展する危険性が大きくなっていることが分かります。また、A1cが低ければ低いほど、合併症の発症リスクが低くなっていることが分かります。

2.Kumamoto study

○研究の概要

熊本大学で行われたこの研究は、110名の2型糖尿病を「従来療法群」と「強化インスリン療法群」に無作為に分けて、強化インスリン療法による厳格な血糖コントロールによって細小血管障害の発症および進展を阻止できるかどうかを6年間追跡しました(Diabetes Res.Clin.Pract.28,103〜117, 1995)。

○対象患者さんの内訳

以下の患者さんをそれぞれ「従来療法群」「強化療法群」の2群に分けました。

・一次予防:網膜症(−)、アルブミン尿 < 30mg/24h     51名

・二次予防:単純網膜症(+)、アルブミン尿 < 300mg/24h  51名

○各治療群の目標はどのように定めたか?

従来インスリン療法群:空腹時血糖 < 140mg/dl、高血糖や低血糖症状がない

強化インスリン療法群:空腹時血糖 <140mg/dl、食後血糖 < 200mg/dl、A1c < 7%

○厳格な血糖コントロールの効果

強化インスリン療法によって、網膜症・腎症いずれも発症・進展が阻止されました。また神経障害についても強化インスリン療法群で神経伝導速度の改善を認めました。

○合併症が進行した群と進行しなかった群との差はどこにあったか?

以下のようにKumamoto studyにおいてはA1c < 6.5%を達成することが、合併症の予防・進展阻止に必要という結果が出ました。

○合併症予防のためのコントロール目標

合併症の進行とA1cの関係は下図のようになっていました。

これによると、腎症・網膜症の進行を阻止するためには、A1c < 7%を達成することが必要であるという結果がでました。

また合併症を予防するためにはA1c < 6.5%、食後2時間値 < 180mg/dlが必要であることが示されました。

日本糖尿病学会から発表されている「血糖コントロールの指標と評価」の内容については、ご存じの方も多いと思います。血糖コントロールを「優」「良」「可」「不可」の4段階に分けて、「可」はさらに「不十分」「不良」に分けられています。それぞれについて、A1c,空腹時血糖値、食後2時間値の基準が示されていますが、Kumamoto studyの結果はこの作成基準としても利用されています。

上記の指標の中で、「良」の上限値  A1c < 6.5%、
食後2時間値 < 180はKumamoto studyの結果に基づいています。

<図表の掲載について>

DCCTおよびKumamoto studyの図表に関しては、
植村内科院長 植村昭男先生のHPの図表を使用させていただきました
http://www.uemura-clinic.com/index.htm)。植村先生、有難うございました。

■大規模臨床試験からみたコントロール目標

○細小血管障害(し・め・じ)の予防

DCCT、Kumamoto studyの結果を見ていただきました。これらの研究結果から言えることは、EBMの観点からみたコントロール目標は細小血管障害の予防のためには、少なくとも A1c < 6.5%であるべきだということです

○大血管障害の予防

DECODE study1)という研究によって、心血管疾患における「血圧」「脂質」は血糖コントロールとは独立した危険因子であることが明らかにされています。

1.脂質異常症の管理

これには動脈硬化学会のガイドラインを参照していただければ良いと思います。つまり、LDL-C 120mg/dl(冠動脈疾患がない場合)または < 100mg/dl(冠動脈疾患がある場合)、HDL-C > 40mg/dl中性脂肪 < 150mg/dlです。

2.血圧の管理

一般的に血圧 < 130/80にコントロールすることが推奨されています。タンパク尿を呈する場合には

さらに厳格な管理をすることが重要です。

3.血糖コントロール

大血管障害を予防するためには、A1c < 5.8%をめざすべきだと考えられます。

4.体重の管理

糖尿病患者さんの心血管疾患発症の危険因子の閾値は
BMI ≧ 23とされています。BMI 23以上ではタンパク尿が出現する率が高まると報告されています2)

<参考文献>

1)DECODE Study. Diabetologia 47: 2118-〜2128, 2004

2)久山町研究:糖尿病合併症 14:80〜84, 2000

■エビデンスに振り回されない考え方、生き方

以上、エビデンスに接した皆さんの感想はいかがでしょうか?

ご自分のA1cの結果と見比べて大ショックという方もおられるかも知れませんね。

でも、実際の現実はどうかというと、もっとずっとコントロールの悪い状態が続いているのに少しも合併症が現れない患者さんもおられれば、A1c 6%前後で、とても頑張っておられるのに網膜症が出現してしまう患者さんもいます。

だから個人の状態を集団の結果に当てはめて悲観的になるのは、あまり得策ではありません。医学を統計学だけで説明することはできないからです。

札幌医大の山本和利先生は、医薬品業界のいうEBMの問題点と題して、「統計学と臨床疫学を駆使したEBMをもってしても根拠全体の25%しか説明できない」(山本和利、月刊薬事、2000,9,vol42(10)),2611~16)と書き、エビデンス偏重の医療を批判し、もっと心理社会学的な視点を大切にし、特定の臓器に偏った診療にならないよう警告を発しています。つまり統計学で説明できない75%を尊重する姿勢をもつことが大切なのだと思います。だからこそ、私たちは患者中心アプローチを用いて、その未知なる75%に近づきたいと願っているわけです。

皆さんもあまり統計学的手法によって導き出された数字に振り回されるのはやめませんか?

エビデンスというのは、集団から個人の問題を解決するために利用します。個人を集団に当てはめるためではありません。分かりやすい実例を挙げてみます。

例えば、ある患者さんが医師に尋ねます。

患者「私は肺ガンの第4期と診断されました。私はあと何年生きられるのでしょうか?」

医師「あなたの5年生存率は23.5%ですよ」

患者「つまり、私はいったいあと何年生きていられるのですか?」

医師「だから、5年後に生きている確率は23.5%だって、今言ったでしょ!」

統計学は集団としての科学的真実を伝えていますが、個人差を評価できません。エビデンスが伝える真実とは「1人ひとりの個人差は大きいけれども、それらを集団として捉え、科学的手法を用いて統計的に計算したらこうなりますよ」という真実なのです

人間は未知なる存在です。自分の未来を信じて悔いのない人生を生きていきましょう!