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■はじめに
○食事の大切さ、難しさ
食事は糖尿病治療の中心です。人生において大切なことはたくさんあります。「仕事」「家族」「友人」「お金」「余暇」、そして忘れてはならないのが「食事」です。皆さんは、これら人生を構成する要素の中で、何番目に食事を挙げますか? 2番か3番という方も多いことと思います。だから食事療法はとても大切になります。しかも、食事に対する嗜好には個人差があります。国による食文化の影響も考慮することが必要です。「食」というもっとも基本的人権を大切にしながら、いかに糖尿病という病気と付き合っていったら良いのか?ということを考えると、やはり人生全般に対するバランス良い考え方が求められるのではないでしょうか?
○空腹感を満たすだけの食事から心を満たす食事へ
食生活は人生の輝きを支えるために、私たちが神様から与えられた最高の恵みのひとつです。
食事療法について語る前に、私は皆さんに対して、次の質問を投げかけたいと思います。
「あなたは、今までどれだけ食事のひとときを大切にしてきましたか?」と。
朝食抜き、コンビニ弁当、立ち食いそば、運転しながらのながら食い、家族バラバラの食事・・・。食事の内容や食べる量よりも、こうした「食事に対する手抜き」の方がはるかに気になります。
糖尿病の食事療法は「空腹感を満たすだけの食事から心を満たす食事へのシフト」から始まります。
○糖尿病治療の中心に位置する食事の役割
糖尿病のコントロールがなかなか改善しないとき、「なぜだろうか?」ということが問題になりますね。食事に改善の余地があるなら、食事についてディスカッションしなければならないし、そうでないなら薬物療法を強化しなければなりません。その患者さんが、インスリン療法中であるなら、食生活の修正をめざすべきなのか、インスリンレジュメが不適切なのか?を明らかにしなければなりません。このように、その患者さんの食生活を正確に評価することは、適切な治療方針を遂行していく上でもとても大切です。
○食事療法を成功させるコツ:とにかくオープンに担当医と食生活について語り合うことです!
糖尿病治療とは
「あなたがあなたらしくありたい欲求」「あなたの社会的要求」と「あなたの健康」との妥協点を見つけていくことなのです。
皆さんはどれくらいオープンに食生活について、担当医と語り合っていますか?
あなたの人生と身体の最善の妥協点を見いだすためには、主治医に対して「率直に自分の要求を伝えること」が大切です。
■あなたに適した摂取エネルギーを知る(一般書、教科書に記載されている内容)
大抵の本、ほとんどのウェブページには、以下のように記載されています。
<摂取エネルギー量算定の目安>
【摂取エネルギー量】 = 標準体重 × 身体活動量
【標準体重】 = [身長]2 × 22
【身体活動量(kcal/kg 標準体重)
= 25〜30 軽労作(デスクワークが主な人、主婦)
= 30〜35 普通のロウさ(立ち仕事が多い職業)
= 35〜 重い労作(力仕事の多い職業)
但し、年齢や肥満の有無など、症例ごとの病態も考慮する。
■あなたの指示エネルギーの求め方
1.エネルギー指示量はひとつの目安と考えてください。
一般的には、先ほど述べた計算式で求めていくわけですが、この計算式で求められた食事エネルギーはひとつの目安と思ってください。よく栄養指示箋に
「27.5kcal/kg」などと記載しているのを目にします。例えば、標準体重が54kgの患者さんなら1485kcalという指示になります。この数字を忠実に栄養士さんが指導したらどうなるのでしょうか?
過去には、そんなあり得ない、冗談のような現実が存在した時代がありました。こうした硬直した栄養指導の歴史が、糖尿病患者さんから食の喜びを奪ってしまいました。「栄養指導なんて大嫌い」と言う患者さんはきっとそんな辛い過去を抱えているのだろうと思います。
2.食事の至適エネルギー量は、その日の身体活動によって変化するものです。
“しっかり身体を動かして、しっかり食べるという精神”でやっていきましょう!
寝たきりのお年寄りならいざ知らず、私たちは毎日活動しているはずです。そうであるなら、毎日のエネルギー必要量も変化するはずです。私は食事のエネルギーは大雑把に「S」「M」「L」「XL」の4段階に分類すれば良いと思っています。
<杉本式4段階エネルギー指示法>
「S」:1400〜1600kcal、「M」:1600〜1800kcal、「L」:1800〜2000kcal、「XL」:2000〜2200kcal
いくら身長が低いからと言って、普通に社会生活をしておられるなら、
最低1400kcalは必要です。よく1200〜1300kcalの食事指導を受けたという患者さんに出会いますが、そんな低エネルギー指導は基本的人権に反するのではないかと思ってしまいます(笑)。1200kcal以下は寝たきり生活を余儀なくされている方々を対象にしたものと考えれば良いと思います。
3.できれば食品、食材を計量する習慣を持ちましょう!
「食品交換表」という本は初めなかなかなじめないかも知れません。第1ネーミングがあまり良くありませんね。しかし、毎日計量しながらこの本を利用していると、この本が糖尿病をもった方々にとって、強い味方であると気づきます。
4.自己血糖測定をしてみませんか?
生活習慣の変化、減量、薬物療法などによって、あなたの体質が変化すれば、あなたの炭水化物代謝の効率(炭水化物処理能力)も変化するはずです。この場合、自己血糖測定を併用すれば、炭水化物量を摂取した際の食後血糖値から、食事計画を見直すことが可能です。また反対に、食後血糖値 <160mg/dlとなるような炭水化物量を求めることもできます(自分の炭水化物処理能力に合った炭水化物量を求める)。
■科学的根拠からみた栄養バランス
炭水化物。タンパク質、脂質の3大栄養素をバランス良く摂り、この他、ビタミンやミネラルを適切に摂取することが求められます。
1.意外に少ない食事に関する科学的根拠
実は食事療法に関する質の高い研究はあまり多くありません。なぜでしょうか? 長年に亘る食事の管理が関係する糖尿病という病気の特性を考えたとき、年余に亘って、厳格な食生活を強制するような研究を行うことは不可能であるからです。食事という極めて個人的な営みを科学的に研究することの難しさは容易にご理解いただけると思います。
2.栄養バランスの目安
グローバルな観点からは、
「指示エネルギー量の50〜60%以下を炭水化物とし、タンパク質は標準体重1kgあたり1.0 〜1.2g、残りを脂質で摂取すること」が推奨されています。しかし、これでは皆さんにとっては何のことやらさっぱり分からないと思いますので、それぞれについて、少し解説を加えたいと思います。
2−1炭水化物
A)炭水化物とは
・表1:ご飯、パン、めん類、でんぷん野菜(かぼちゃ、芋など)
・表2:フルーツ
・表4:牛乳、ヨーグルトなど
・調味料:砂糖、みりんなど
「炭水化物が大好き」という方は多いのではないでしょうか? 熱々のご飯、手打ちうどんなど、炭水化物は日本の食文化になくてはならない存在です。
B)炭水化物をめぐる問題
1970年代から炭水化物をめぐる議論は続いていましたが、1994年アメリカ糖尿病学会が従来のエネルギー制限一辺倒の方針から「炭水化物カウント法」へ方向転換したことで大きな転機を迎えました。この年から、米国では糖尿病患者に対する標準的な指導法が「炭水化物カウント法」となりました。ショ糖がこれと同量の炭水化物を含むデンプンよりも血糖値を上昇させないことも明らかとなりました。
これによって低炭水化物ダイエット(Low carb diet)が流行しました。一般的に炭水化物(carb)の総エネルギー量に対する比率から40〜50%を
Low carb、>60%をHigh carb、< 40%をVery Low carbと呼んでいますが、少なくともVery Low carb dietの有効性に関する質の高い研究は存在しません。極端な低炭水化物、高タンパク質食の危険性を懸念する声も多く聞かれます。
C)炭水化物の至適量
私は「総エネルギーの50〜60%」を推奨しています。しかし、食生活に対する苦痛がないのであれば、最大40%までなら(慎重に実践することを条件に)、患者さんの意向を尊重しています。食生活は一生続くものですから、何よりも人生の質を落とさないように配慮することが重要と考えます。
2−2タンパク質
タンパク質は胃腸で消化されてアミノ酸となって吸収されます。私たち身体はアミノ酸をアミノ酸のかたちで貯蔵することができません(肉を毎日食べていたら、マッチョな体型になったなどという話は聞いたことがありませんね)。それらの70%はタンパク質として再利用されますが、残りの30%は糖質、脂質へ変換された後、グリコーゲンまたは中性脂肪として貯蔵されます(但し、糖尿病の方、特にインスリン分泌不全の方では、アミノ酸から糖が作られる割合が高くなります)。またタンパク質に含まれる窒素は尿素サイクルを経て、尿素として腎臓から排泄されなければなりません。このように、タンパク質は他の栄養素のように「食べ貯めができない栄養素」で、過剰なタンパク質摂取は腎臓に負担をかけることになるので、1日摂取量は1.0〜1.2g/kgと定められています。
A)タンパク質制限が不要な人
糖尿病性腎症の第1期〜2期、つまり、腎機能が正常で蛋白尿が軽微(アルブミン尿 30〜299mg/dl)な段階では、血糖コントロールがもっとも重要です。タンパク質制限は必要ありません。
B)タンパク質制限が必要な人
糖尿病性腎症3期以降、つまり持続性蛋白尿を呈するようになったら、
0.8〜1.0g/kgのタンパク質制限が必要になります。私は「ご自分の腎臓のタンパク質処理能力に合わせて2割ほどタンパク質を減らすことが必要です」と説明しています。eGFRを算出し、それが < 60ml/分/1.73m2以下の人に対してはより一層の注意が必要になります。持続性蛋白尿を呈するようになると、GFRが
毎年2〜20ml/分低下し、半数以上の人が10年以内に末期腎不全になるという報告もあり、(Diabetes care22 : S94〜S98, 2003)、侮れません。なので、大変ですが、タンパク制限食に慣れましょう!
2−3 脂質
脂質は1g当たり9kcalもあって、他の栄養素よりも高カロリーであることから、肥満予防や動脈硬化対策という観点から配慮が必要です。すでに述べた通り、日本では脂質は総エネルギー比として25%以下と記載されていますが、例えば米国ガイドラインでは20〜35%とかなり幅を持たせています。
A)個別性を重視した指導の重要性
食事が極めて個人的な行為であることを考慮すると、米国のような緩やかな指針を示すことはとても有意義ではないかと、私は考えます。痩せている2型糖尿病の方には「炭水化物制限」を優先し、肥満や脂質異常症を伴っている方には「脂質制限」を優先するといった個別性を重視した指導が可能となるからです。何でもかんでもガイドライン通りといったスタンスの指導はとても窮屈な印象を与えてしまう恐れがあります。できることからやれば良いのです。
B)脂肪の種類
B-1飽和脂肪酸
血中のコレステロールを増加させ、常温で個体です。これらは動物由来のすべての食品に含まれます。
B-2不飽和脂肪酸(多価不飽和脂肪酸、単価不飽和脂肪酸)
血中のコレステロールを低下させ、常温で液体です。以下のように単価と多価の2種類に分類されます。
○単価不飽和脂肪酸:血中の悪玉コレステロール(LDL-C)を低下させます(オリーブオイル、なたね油など)。
○多価不飽和脂肪酸:血中の悪玉コレステロールだけではなく、善玉コレステロール(HDL-C)も低下させます。これらはさらにn-3系(とろ、さんま、鯖、鰯など)とn-6系(ナッツ、植物油)に分類されます。
C)脂肪を選択する
飽和脂肪酸や多価不飽和脂肪酸はそれぞれ総エネルギー比の10%以内に制限することが推奨されています。一方、単価不飽和脂肪酸や魚油に含まれるn-3系多価不飽和脂肪酸は血糖値や中性脂肪を低下させる作用もあり、制限することは不要ですが、エネルギー量として含め、指示エネルギーを超過しないよう注意が必要です。ただ、「総エネルギーの60〜70%を炭水化物と単価不飽和脂肪酸から摂るべきだ」という専門家の意見(Diabetes Care. 1994;17:519〜522)があることも付け加えておきたいと思います。
■「食べて治す」を終えるにあたって
以上、食事療法について述べてきました。皆さんにとって、難しい記述もあったかもしれません。ただ、食事療法の重要性はいくらページ数を割いても言い尽くせません。皆さんが、どのような食事療法のスキルを身につけるかということは、皆さんの糖尿病人生を一生支配します。
どうか食事に対する喜びを失わないでください!!
私がこのチャプター全体を通じて、皆さんに伝えたかったメッセージはこれです。
思いつくまま一気に書きました。時間がないので引用文献は示していません。食事療法に対する思い入れが強いためか、予想以上のページ数を食事療法に割いてしまいました。
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